パリで認知症のブログ

パリ在住のシニアです。リタイアした認知症予備軍の夫との生活とパリの老人ホーム。

☆☆☆パリで認知症☆☆☆

パリの老後や認知症に関する記録日記

認知症患者の感動と喪失感のギャップが危ない

こんにちは。


89歳の認知症昭子さんとの接触は、だんどんと現実味を増してきた。
まず、認知症患者との接触の仕方は、下記と考えていた。


①間違いを否定しない。
②相手のペースで受け答えして、出来るだけ相手に話させる
③いつも笑顔で明るく不安感を消し去る
④プライドを傷つけずに、相手を尊重し、尊厳を守る


しかし、、、新たな事柄が分かって来た・・・




今日は、彼女宛ての小包がレセプションに届いており、彼女にそれを見せて、彼女に箱の中身を開けさせ、マダムNANAからのプレゼントと説明したら、とても喜んでくれた。
マダムNANAの名前だけは憶えているが、顔も誰だったかも忘れているので、簡単な補足説明をして、中身のシャンプーやら香水やら石鹸やら歯磨き粉等の必需品のプレゼントに感謝をしてくれた。
マダムNANAは、彼女の法定後見人。そんな複雑な事は分からないので、ソーシャルワーカーの仕事をしている古いお友達程度に留めた。


さらに、その後、久々のピアノコンサートがあった。
人気のピアニスト リザさん。昭子さんは、大喜び。


今日は最高! ピアノも聴けるし! 貴女も来てくれたし! 幸せ~!

50人位だろうか?集まって来た。

タンゴやワルツに合わせて踊る人もいて、施設の人々が本当に嬉しそうに、幸せそうな時間を共有した。

アルツハイマーのアニーもダンスが大好き。


隣には、素敵なテラスがあり、窓越しにお天気の良さも見える。

ピアノ演奏を聞きながら、ワインでも飲みたいわねと、昭子さんは言うほどの御機嫌!
ワインの代わりに、オレンジジュースとケーキが出てきた。


私にもケーキとジュースが出てきて、びっくり! 美味しいいちごケーキでした。


その後、テラスをお散歩して、彼女のお部屋のある2階に上がった。


それからが、大変・・・


雲の上を歩いているみたい・・・
頭がふらつく・・・
足もふらつく・・・
私、お酒のんだ?
何も覚えていない・・・
部屋には帰りたくない・・・
私、今何していた? 全然覚えていない・・・
ピアノのコンサートなんてあったの?
貴女の顔は覚えているけど、誰だったか分からなくなった!


自然現象よ。皆そうなるの。安心してね。
イスに腰かけてゆっくりと外を見ていたら、又少しずつ思い出すから、ここに座って窓から外を見ていましょう。


お天気が良いから外をお散歩したら良くなるかも・・・


何度もお庭に行きたいというので、又、レストランのある1階にエレベーターで降りた。
そこには、支配人さんがいて、
昭子さんお元気ですか?


頭がオカシイ・・・


テラスに新しいお花を植えたからね、見に行きましょう!
これからは、貴女が毎日お水をやってね。


私では無理だわ。。。


と、上手に話題と集中する内容を変え、彼女を違う話題に引きずり込んだ。


昭子さんは、支配人と腕を組んでテラスに行き、恋人に甘えるように腕にもたれかかる。
今まで見た事の無い、安心しきった状態。


彼方、親切な方ね


そうやって、何とかその場を取り繕って、昭子さんを2階のフロアーに連れて行き帰って来た。
何せ、施設も1時間後の18時半には、デイナーが始まるので、レストランではその準備中だった。





帰りに、偶然に支配人に会ったので、少し話をした。
彼より指摘されたのは、こうだった。


イヴェントとかコンサートとか、老人達が興奮状態になって、冷めた後に、放心状態となりやすい。
その時には、お茶を飲んでのんびりするとか、自分達施設の人間は慣れているから相談して下さい。
興奮したり感動したりすると、一気にテンションがあがり、それが下がった時に、放心状態となり記憶が無くなる事が多いので、一気に下がらないように、お茶でも飲んでゆっくりと徐々に、日常生活に戻っていくようにしないと危ないんだ。


なるほど、、、
知らない老人施設の世界、学ぶ事が多い。



老人でなくても興奮状態で多すぎる仕事を睡眠も削って必死にこなしていた30歳代と40歳代、ストレスも相当の物だった時期、それが急に崩れた時に、うつ病とか、燃え尽き症候群になった事を思い出した。やはりテンションが急激に下がるのは精神的に良くない。
自力で自然治療して治したが、そういう苦しい時期も経験している。
あれは、本社の社長が変わって、欧米の事務所が全部閉鎖になり、20年間情熱と人生全てをかけてきた仕事を急に失くした時だった。
人間である以上、誰しも困難な時期は嫌でも経験させられるものだ。 苦笑


アンジュ